10年という歳月は、景色を変え、技術を跳ね上げ、そして何より「人」を劇的に変えるには十分すぎる時間です。
眠り続けた彼女が目覚める物語。その再会の瞬間と、その後に待ち受ける「空白」をめぐる掌編をお届けします。
タイトル:十年の朝、秒針の音
1. 止まっていた時計
病院の白い天井。窓から差し込む光の角度。鼻をくすぐる消毒液の匂い。
サオリが目を覚ましたとき、世界はひどく静かだった。
「……ハルキ?」
彼女が最後に記憶しているのは、20歳の誕生日の夜。待ち合わせ場所へ急ぐ途中で見た、トラックの眩しすぎるライト。
しかし、目の前に座っている男は、記憶にある「24歳の大学生」ではなかった。目尻には細かな皺があり、肩幅は一回り大きくなり、何よりその瞳には、彼女の知らない深い喪失と忍耐の色が混じっていた。
「サオリ……?」
彼の声は震えていた。サオリは戸惑いながら笑おうとした。
「ごめん、寝坊しちゃったかな。今、何時?」
「……十年だ。 十年経ったんだよ、サオリ」
2. 失われたディテール
退院してからの世界は、サオリにとって異世界のようだった。
消えたもの: 街角の公衆電話、愛用していたガラケー、お気に入りだった駅前の喫茶店。
現れたもの: 誰もが板切れ(スマホ)を見つめて歩く姿、マスク越しに会話する人々、そして「30歳」になった自分。
鏡の中の自分は、知っているはずの顔なのに、どこか他人のように大人びていた。
同級生たちは結婚し、親になり、社会の歯車として立派に回っている。ハルキもまた、中堅の建築士として忙しく働いていた。
「置いていかれた」という感覚が、サオリの胸をじわじわと侵食していく。彼女の精神は20歳のまま、肉体と環境だけが「10年後」を強要していた。
3. 「今」を刻み直す
ある夜、サオリはハルキに問いかけた。
「どうして待っていてくれたの? 私の時間は止まっていたのに」
ハルキは古い、使い込まれた腕時計を差し出した。それはあの日、サオリが彼に贈るはずだった誕生日プレゼントだ。事故現場に落ちていたものを、彼は修理してずっと持っていた。
「君の時間は止まっていたかもしれない。でも、俺は君を待つことで、君と一緒に時を刻んでいたんだ。この10年は、無駄な待ち時間じゃない。俺たちがもう一度出会うための、長いプロローグだったんだよ」
4. 結び:新しい一歩
サオリは震える手で、ハルキの手を握った。
手のひらの熱、皮膚の質感、それは10年前と変わらない、確かな「生」の証だった。
失われた10年を取り戻すことはできない。
けれど、今日からの1秒は、誰よりも鮮明に感じることができる。
「ハルキ、お腹すいちゃった」
「……何がいい?」
「今の時代で一番おいしいもの。教えて」
窓の外では、2036年の新しい街の灯りが、宝石のように輝き始めていた。
空白の時間は残酷ですが、それを埋めていく作業こそが「愛」の正体なのかもしれません。
この物語の続きで、彼女に一番最初に体験してほしい「現代の驚き」は何ですか?

0 件のコメント:
コメントを投稿